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札幌高等裁判所 昭和61年(行コ)4号 判決

控訴人

金子光男

控訴人

佐々木英次

右両名訴訟代理人弁護士

今重一

今瞭美

右今重一訴訟復代理人弁護士

佐藤太勝

佐藤哲之

郷路征記

被控訴人

釧路市長

鰐淵俊之

右訴訟代理人弁護士

野口一

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人が控訴人金子光男、同佐々木英次に対し、それぞれ昭和五七年六月一五日にした昭和五七年度下水道事業受益者負担金を賦課する旨の決定は、いずれもこれを取り消す。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

二  当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表六行目の「所有権」を「所有者」と、同七行目の「その負担の」から同九行目までを「その負担金の算出方法については、排水区域を二以上の負担区に区分し(第四条)、当該負担区における事業に要する費用の額の五分の一をその負担区の負担金の総額とし(第六条)、これを当該負担区の地積で除して得た額を単位負担金額とし、当該受益者が賦課対象区域の公告の日現在において所有する土地(当該賦課対象区域内のもの)の面積を乗じて得た額を当該受益者の負担金の額とする(第七条)旨を定めた。」とそれぞれ訂正する。

2  原判決三枚目表二行目の「同条例」を「同条」と訂正し、同枚目裏五行目の次に改行の上、次のとおり加える。「都市計画法第七五条一項は、同条が「著しく利益を受ける者があるときは」と仮定形で規定しているように、一般的開発利益の吸収を目的としたものではなく、特別に(すなわち、その都市計画事業により通常もたらされる利益を超えて)利益が発生する場合で、かつその利益が著しい場合について、公平の観点から、右利益を吸収しようとしているのである。このことは、都市計画事業は通常多大の資金を投入してなされ、一般的には住民に対し様々の利益をもたらすことが当然予想されるにもかかわらず、前記のとおり条文の規定が仮定形でなされているところからもうかがわれるところである。そして、一般的な開発利益は、土地の価格の増加による固定資産税、都市計画税の課税標準の増加として顕現するのであるから、これらの課税によつて右利益を吸収することが十分可能であり、また、控訴人らがその所有土地を譲渡すれば、譲渡所得税の形で開発利益を吸収されるのであるから、右以上に開発利益を受益者負担金の形で吸収する必要は全くない。

さらに、控訴人らが土地を所有し、居住する白樺台団地は、昭和三六年一二月に完成し、この時点で都市下水道施設はなされており、生活排水、雨水等の排水は完全にされていたものであり、本件負担金の根拠となつた終末処理場の建設により、糞尿をも排水できることになつたにすぎない(ちなみに、本件条例は、白樺台団地造成の一〇年後に制定された。)。したがつて、右終末処理場等の建設により、公共水域の汚染が防止されたことがその最大の利益であつて、排水による土地利用の高度化という利益は生じていない。

以上のとおり、控訴人らが本件下水道施設の建設により得る利益は、都市計画法第七五条第一項に規定する「著しい利益」には該当しない。

次に、同条第一項は、都市計画事業によつて著しく利益を受ける者があるときは、「その利益を受ける限度において」受益者負担金を賦課することができる旨を定めている。ところで、本件負担金の賦課決定は、下水道事業の完成とともになされ、土地価格の上昇が実現する前になされているが、被控訴人の主張する事業による著しい利益は、土地に内在する利用価値の増大であり、究極的に土地価格の上昇に結びつくというものであるが、控訴人らのように居住用土地の所有者にとつて、その利益が現実のものになるのは、はるか遠い将来のことか又は永遠に訪れない性質のものである。

結局、控訴人らが享受できる現実的な利益は、排水区域内に土地を所有すると否とに関係なく当該排水区域の居住者一般が享受する利益の範囲を超えないのであるから、本件条例は、都市計画法の委任を超えて、かかる居住者一般が享受する利益に対しても、受益者負担金を賦課するものとしている点で違法な条例といわねばならない。」

3  原判決四枚目表四行目の「水利地役税」を「水利地益税」と、同五行目から七行目までの「 」内を「地方税法第七〇三条の規定により水利地益税を課するときは、同一の事件に関し分担金(地方自治法第二二四条)を徴収することができない」とそれぞれ訂正する。

4  原判決五枚目表初行の「水利地役税」を「水利地益税」と、同裏四行目の「譲渡税」を「譲渡所得税」とそれぞれ訂正する。

5  原判決八枚目表初行の「一〇ケ年」を「一〇箇年」と訂正する。

理由

一当裁判所は、控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目裏一〇行目の「達つする」を「達する」と、同一〇枚目表五行目の「放出」を「放流」と、同六行目の「高度成長」を「高度成長時代」と、同枚目裏八行目の「昭和三五年」を「昭和三六年」と、同八行目から同一一枚目表五行目までの「」内を「公共下水道の設置によつて特定の個人に帰属する利益のうち、施設本来の目的であるその使用に関するものは、施設に下水を排除してこれを使用するものが享受するのであるが、このほかに、施設が設置されるためにその排水区域内の土地の利用価値の向上、地価の値上りの現象がかならず発生する。この財産価値の増加は、一般国民、市民の負担による公費の投下によつてもたらされたものであるから、その増加の全部または一部は公費に還元されることが負担の公平からみて適当である。よつて、その受益の限度内において、土地の所有者等の受益者に建設費の一部を負担させるべきである。」と、同六行目の「なお」から同七行目の「していること」までを「なお、その賦課額について「受益者負担金の賦課額は、受益の限度内である必要があるが、全国的にみて事業費にたいしてその三分の一ないし五分の一程度の賦課は公共下水道の設置による受益の限度内であると考えられる。」としていること」とそれぞれ改め、同枚目裏二行目の「通達」の次に「(建設省都発第三一号)」を、同四行目の「通達」の次に「(建設省都計発第一〇四号)」をそれぞれ加え、同五行目の「標準条例案を参考として」を「制定のための参考として標準条例案を」と、同七行目の「五〇・一」を「五一・一」とそれぞれ訂正する。

2  原判決一二枚目裏六行目の「六九七億円」を「六九七億四二五〇万三〇〇〇円」と、同七行目の「二五五億円」を「二五四億五七四九万七〇〇〇円」と、同一〇行目の「一四ケ所」を「一四箇所」と、同一三枚目表初行の「四六年」を「四二年」と、同行の「都市計画法」を「下水道法」と、同三行目の「工区」を「処理区」とそれぞれ訂正し、同枚目裏二行目の「昭和五六年度末において、」から同一四枚目表五行目の終りまでの全文を次のとおり改める。

「昭和五六年度末において、市の処理区域面積は1014.2ヘクタール、排水区域面積は1408.2ヘクタール、市街化区域面積中処理区域面積の占める割合である処理面積普及率は21.3パーセント、市街化区域面積中排水区域面積の占める割合である排水面積普及率は二9.6パーセントであり、昭和五六年度末における処理区域人口は七万三七四一人。排水区域人口は九万二四九八人、行政区域人口中処理区域人口の占める割合である処理人口普及率は34.1パーセント、行政区域人口中排水区域人口の占める割合である排水人口普及率は42.7パーセントであること、現在実施中の前記七箇年計画が完了すると、処理区域面積及び排水区域面積はいずれも二五九九ヘクタール、処理区域人口及び排水区域人口はいずれも一七万八九〇〇人となること、昭和五七年度の釧路市の一般会計の予算は総額五〇七億四四〇〇万円、特別会計の予算は総額三九七億八〇七九万二〇〇〇円、合計九〇五億二四七九万二〇〇〇円であるのに対し、下水道事業特別会計予算は九六億八二三一万二〇〇〇円であるが、そのうち受益者負担金の額は二億一三三〇万九〇〇〇円で、右下水道事業特別会計予算に占める割合が2.2パーセントにすぎないこと、ちなみに右下水道事業特別会計予算においては、国庫補助金が31.8パーセント、市債が32.5パーセント、一般会計繰入金が22.6パーセントの割合であることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。」

3  原判決一四枚目裏五行目の「乙第二八号証」を「乙第二五ないし第二八号証」と、同五行目及び一〇行目の各「居住地に近接する」をいずれも「所有地である」と、同七行目の「四六万三、〇三六円」を「四六万三〇三六円」と、同八行目の「七二万四、七五二円」を「七二万四七五二円」と、同九行目の「一三〇万八、五八〇円」を「一三〇万八五八〇円」と、同一五枚目表初行の「一〇五万一、四四八円」を「一一五万一四四八円」と、同一、二行目の「一八二万三、一二六円」を「一八二万三一二六円」と、同二、三行目の「三三一万〇、四一三円」を「三三一万〇四一三円」とそれぞれ訂正する。

4  原判決一五枚目表四行目から一〇行目までの全文を「地価の変動には幾多の複雑な要因が影響しているので、一般に公共下水道事業の行われた土地の価格の上昇と右事業との因果関係、あるいは価格上昇に占める公共下水道設備の寄与度を判定ないし査定することは困難であるが、前認定の事実によつてみると、控訴人らの所有地である前記各土地の地価の著しい上昇については、下水道の整備が寄与していることが明らかというべきである。」と、同裏初行の「処理の改善」を「処理等」とそれぞれ訂正する。

5  原判決一六枚目裏二行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「控訴人らは、土地所有者に生ずる一般的な開発利益は、土地価格の上昇により、固定資産税、都市計画税の課税標準の増加、更には譲渡所得税によつて吸収されるので、右以上に受益者負担金の形で吸収する必要性はないと主張するが、後にもみるとおり、右各租税と都市計画事業の経費に充てるために当該事業による受益者に賦課される受益者負担金とは制度を異にし、賦課の目的、理由、負担義務者の範囲が全く異なるのであるから、下水道事業の遂行により固定資産税、都市計画税の課税標準が増加し、あるいは土地を譲渡することによつて、以前より多く譲渡所得税を課されることがあるとしても、下水道事業により著しい利益を受ける排水区域内の土地所有者に、その利益を受ける限度で、右下水道事業に要する費用の一部を負担させる理由と必要が存することに変りはない。

また、控訴人らは、白樺台団地の下水道設備は既に昭和三六年に完成しており、本件負担金の根拠となつた終末処理場の建設によりし尿をも排水できるようになつたにすぎないから、土地利用の高度化は生じていないと主張するが、前認定のとおり白樺排水区の下水道事業は昭和四二年六月以降に始まり、処理区(処理場)の建設は昭和四八年二月以降に開始され、さらに、前掲乙第二号証によると、白樺終末処理場は昭和五三年一二月に着工し、同五七年三月竣工し運転を開始しているところ、右終末処理場の竣工、運転開始により尿を含め汚水の排除・処理が高度に行われることになつたのであるから、これによつて白樺排水区内に土地を所有する者は、土地の利用価値の増大と資産価値の増加により著しい利益を受けることが明らかというべきである。

次に、前記のとおり、本件条例では、負担区内の総事業費の五分の一にあたる金額を当該負担区の面積で除した金額を単位面積当たりの負担金額とし、これに所有土地の面積を乗じた額を各受益者の負担金額としており、白樺負担区においては、一平方メートル当たり金三三八円となるものである。

ところで、公共下水道事業によつて生ずる利益を数量的に評価することは容易でなく、強いてこれを評価しようとすれば、当該負担区内に生ずる利益の総額は、特段の事情のない限り、その負担区内の下水道事業に対する投資額に相応すると一応いうことができよう。そして、当該負担区内に生ずる利益には、住民が下水道施設を利用することによる一般的利益と負担区内に土地を所有する者が得る土地の利用価値の増大と資産価値の増加による利益を含み、後者が負担金の対象たる著しい利益とされているところ、本件条例の定める負担区内の総事業費の五分の一にあたる金額は、排水区域内に土地を所有する者に生ずる受益の限度を超えるものではないというべきである。」

6  原判決一六枚目裏四行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「控訴人らは、また、控訴人らのように居住用土地を所有する者にとつては、土地の利用価値の増大が現実化するのはこれを処分する際であるから、それは将来のことであり、現段階においては著しい利益は生じておらず、控訴人らの享受できる現実的利益は居住者一般が享受する利益の範囲を超えるものではないと主張するが、土地を所有する者は、その所有する土地の価値が増大している以上、これを売却する等により金銭の形で現実化する以前においても、その利益を享受しているものというべきであるから、控訴人らの右主張は首肯できない。

したがつて、本件条例が、居住者一般が享受する利益に対しても、受益者負担金を賦課するものとしている点で違法である、との主張も採用できない。」

7  原判決一七枚目表四行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「地方税法第七〇三条三項は、市町村は都市計画税を課する場合には、都市計画法に基づいて行う事業の実施に要する費用に充てるための水利地益税を課することができない旨を定め、また、地方自治法施行令第一五三条は、水利地益税を課するときは、同一の事件に関し地方自治法第二二四条による分担金を徴収することができない旨を定めるのであるが、都市計画税と都市計画法第七五条の受益者負担金とを同時に賦課することを禁止するものではなく、また、これを禁止する法条は存しないのであるから、都市計画税を課された控訴人らに対して本件負担金を賦課しても違法・違憲とはいえない。もつとも、控訴人らは、本件負担金は実質において水利地益税と同一であるから、前記各法条に反すると主張するので、更に右の点についても検討する。」

8  原判決一七枚目表一〇行目の「かつ」を削除し、、同枚目裏二行目の「水利地役税」を「水利地益税」と、同九行目の「限度について」を「限度の点において」と改め、同一〇行目の「しかし、水利地益税の」から同一八枚目表末行までの全文を次のとおり改める。

「しかし、水利地益税はあくまで租税であり、住民の担税力に着目して課税要件に該当する場合に賦課されるのであつて、事業費の一部を徴収しようとする受益者負担金とは制度を異にするものというべきであり、その上、前述したとおり都市計画税と水利地益税の併課は禁じられているが、都市計画税の賦課と受益者負担金の徴収とを同時に行うことは禁じられていないのである。」

二以上によれば、控訴人らに対する本件負担金の賦課決定に違法・違憲の点はなく、控訴人らの請求は理由がないから、これをいずれも棄却した原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないから、本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹野益男 裁判官松原直幹 裁判官岩井俊)

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